素直な心で成長しよう
大山泰弘さん
日本理化学工業株式会社取締役会長
出典:月刊PHP「私の信条」平成25年8月号
逆境を受け入れる境地を得た学生時代
戦前、文具卸(おろし)商を営んでいた父は取引先の大学教授の提案を受けてチョークづくりを開始。しかし、空襲で店・工場は焼失。父は八人の子供を養うため再開が容易なチョーク製造に専念することを決心しました。ところが、父は心臓弁膜症を患い活動できなくなります。復員した兄は家の拘束なしに自由に生きると宣言。結果、次男の私が家業を継ぐことになりました。
中央大学法学部で恩師より「研究者の道」を勧められていた私にとっては苦渋の選択でした。
戦前、私は「一中→一高(現・日比谷高校)」で学びました。学友の多くは東京大学へ進学。ところが私は二度失敗。今から考えればそれもいい経験ですが、当時は深い失意と挫折感を抱え込んでしまいました。進学した中央大学で、悩みに悩んだ末、思い至ったのが「逆境を受け入れ、その境遇を最大限に活(い)かす」という境地。そう心に決めてからは勉学に集中できました。
今回も自分にとって逆境と言える選択。大学時代同様に心機一転して一生懸命やろうと・・・。しかし、正直に言うと大会社や官庁で働く友人と自分を比べて悲しくなることがありました。
それは、養護学校の先生の訪問から始まった
入社三年目の1959年のある日。ひとりの養護学校の先生から「生徒を就職させていただけませんか」と依頼されました。断ったのですが、何度も訪問される先生に根負けし「二週間程度なら」ということで就業体験を実施することに。15歳の二人の少女は指示したシール貼りの仕事を一生懸命無心で続けてくれました。その日の仕事が終わり「ありがとう。助かったよ」と声をかけると、嬉しそうな笑顔を返してくれます。二週間はあっという間に過ぎました。最終日の終業後、二人の世話をしてくれた社員が「二人を雇用してください。これは社員の総意です」と迫ってきました。その勢いに押されて採用に合意。採用後、二人は雨の日も風の日も満員電車に乗って通勤。そんな二人を見ていると「施設にいれば楽に暮らせるのに、なぜ働くのか?」という疑問が頭をもたげてきました。
「人間の究極の幸せ」を教えられ・・・
ある日、その事を法要で隣に座った住職に問うと
「人間の究極の幸せは四つ。1:人に愛されること。2:人にほめられること。3:人の役に立つこと。そして、4:人から必要とされること。
・・・愛されること以外の幸せは働くことによって得られる」
という真理の言葉が返ってきたのです。
「確かにそうだ!」。それを境に私の考えは大きく変わりました。二人だけではなく他の知的障害者も働くことで幸せになれる職場を作ろう、と。そのためにどうすればいいのかを素直に考えました。「知的障害者だから『できない』」ではなく、「たとえ障害があってもこうすれば『できる』」という製造ラインの工程を考え、改良に改良を重ねたのです。
素直な心で受け入れ工夫し、一生懸命働けば必ず成長できる
現在、76人の社員のうち57人が知的障害者(障害者雇用割合約75%)になりました。会社は国内チョーク業界でシェア30%を超えるまでに成長。おかげさまで理想の会社としてマスコミで紹介される機会も多くなりました。
過日、会社訪問した小学生が手紙をくれました。
「知的障害を持った人たちがあんなに一生懸命働いていて、僕に真似のできない技を持っている。僕も工場で働く人たちに負けないよう、何でも一生懸命にがんばろうと思います」
現状を悲観するのではなく、素直な心で受け入れ工夫する。その上で、一生懸命働けば必ず成長できる。そう私は確信しています。
※体験者の年代表記は体験当時の年代となります。